Roxtherapy System Pro
(気石整体)

Topics

2017.6.27


ノイロ測定によるRoxtherapy調整法
調整を行うにさいし、まず全良導絡をノイロメーターを使用し測定し、測定値をRoxtherapy調整法の基本検査法の一つであるWP(ウィークポイント四肢可動運動検査(陽反応:コリ・陰反応:力がない)と照らし合わせ、反応部位の調整(局所療法、標治療法)を行い、後で全身の循経感伝現象による全身の筋・骨格・姿勢・筋肉運動可動域のバランス調整として四肢からの捻転運動を行い、筋・骨格系の症状を緩和させるものである。循経感伝現象による四肢可動運動調整は急性等には即効的で、健康的生活を持続・継続するには気質改善法が適している。
したがって両方の調整法を行えば筋骨格系のアンバランスによる症状や機能障害によるいかなる症状にも対応できる身体調整法といえる。



●四肢可動域調整のスタートの決定方法
●ノイロ測定値よりスタートを決定する方法
●症状や持病からスタートを決定する方法
●WP検査によりスタートを決定する方法
●首及び体幹の動作テストによりスタートを決定する方法
●四肢可動域調整から解る身体の状態
●気質の決定方法
●気質の種類
 気質の名称は経絡の12陰陽分類と少し異なり、Roxtherapyでは四肢可動域より身体部位に陰陽を割り当て、左股関節運動に関係する筋肉運動を陽/陽気質とし、手の3陽経に相応する症状と性質を配置、右股関節運動に関係する筋肉運動を陽/陰とし、手の3陰経に相応する症状と性質を配置し、右肩の関節運動に関係する筋肉運動を陰/陽とし、足の3陽経に相応する症状と性質を配置し、左肩の関節運動に関係する筋肉運動を陰/陰とし、足の3陰経に相応する症状と性質を配置し、四気質の名称とした。
気質の名称は四肢可動部位の動作からの分類ともいえる。
筋肉可動動作が気質であり、その動作に関係する筋肉があり、筋肉に関連する経絡があり、経絡に関連する内臓器官があるのである。
したがってRoxtherapyより身体的コリや痛みが解消されても、ノイロ測定値に変化が現れない場合は、何らかの機能障害または内臓器官の異常が疑われる。 
●気質から解る身体の特性
●気質改善法Roxtherapy

基本検査調整法

中医学や良導絡では、ノイロ測定値より導かれた手の陰経・手の陽経・足の陰経・足の陽経の相応した経穴に鍼や電気鍼によって刺激を施し治療するが、Roxtherapy、四肢可動調整部位または、気質調整部に刺激を施したのちに、四肢可動運動を行い調整する。


WP(四肢可動)検査・調整
クロス(陰陽バランス)検査調整
体幹の前後、左右、回旋運動
スイッチング検査調整
寝返りの検査調整
首の前後左右回旋検査調整
太極の調整
酸化検査調整
●Roxtherapy施術用具
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2017.5.23
Roxtherapにおける身体の陰陽気質の配置
経絡の陰陽に関連筋運動を当てはめる、人体の運動機能上、そして四肢の可動性質から、右肩左腰の対角線の陽の運動軸と、左肩右腰の対角線の陰の運動軸とし、さらに上半身(頸椎運動、肩関節運動、胸部筋、背部の筋)の陰経関連筋と下半身(股関節、大腿筋運動、膝屈曲運動)の陽経関連筋とに分かれる。
したがって組み合わせは、
陰経の関連筋:陽の運動軸(陰/陽)ー右肩の運動系
陰経の関連筋:陰の運動軸(陰/陰)ー左肩の運動系
陽系の関連筋:陰の運動軸(陽/陰)ー右腰の運動系
陽系の関連筋:陽の運動軸(陽/陽)ー左腰の運動系
となる。
経絡の運航と筋肉運動の運航を比べてみると、経絡の運航は左右の太陰肺経に始まり
厥陰肝経まで手足の経絡を上下運航しその際に関連臓器に至る運航を一日に三回おこなっているがとされているが、例えば左右の経絡の働きが違うとして、肺は左から排泄する臓器であるため肺経は主に左腕の経絡とし、大腸の始まりは右であるため右腕の経絡を主とし、胃に至り胃の経絡は陽なのでの右の経絡が主になり、以下脾経は左、心経は左、小腸経は右、膀胱経は右、腎経は左、心包経は左、三焦経は右、胆経は右、肝経左が主になるとしたとき
経絡は左手⇒右手⇒右足⇒左足の左回転で気の出入り作用していると考えられる。
しかし経絡関連筋配列を考えると陰を左、陽を右にした場合、初めに可動するのは左股関節の運動で次に右股関節運動、右肩関節運動そして左肩関節運動になり右回りの運航となり気の消耗回転となる。この両者を結び付け気の出入りと消耗を無限大にバランスをとっているのが骨格筋運動としたら、四肢運動系は経絡の左回りでも、筋肉運動の右回りでもないはずである。血液や食物の消化吸収の循環を見ると頭部の血液循環は左回り、食物の腹部循環は右回り、∞の運航をなしている。筋肉運動も∞に運航することが正しいと考える。そのことをふまえ、右腰、股関節運動⇒左腰⇒右肩⇒左肩に当てはめ経絡刺激を繰り返し行った結果、Roxtherapyの気質配列とすることができた。
これは、あくまでも筋骨格運動系を主にしたものである。
また、循経感伝現象骨格運動系循環は、右回りの場合は身体内の気が不足したためで陽の症状が発生し、自覚症状的には痛みを伴い、左回りになると身体内に気が滞り、こりの症状を訴える。したがって気血の滞りを解消するには四肢がしっかりと稼働しRoxtherapy可動テストのクロス調整ができていることが好ましい。
*WPチェックとクロス、スイッチング調整が重要である。
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*手の陽経絡の表記が手の陰経絡になっている。

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2017.5.21
○ みんなで創ろう元気の和

「創り直しましょう」と言われて「はい、わかりました」と答えられるのは大変にわかりの早い人ですが、ほとんどの人は「じゃあ、何を創るの?」と思うことでしょう。
日本民間療法普及協会の設立趣旨には「私たちの基本である暮らしの領域では、健康の阻害と心の荒廃が顕著に現われています。それを解決するためには、一人一人の心と肉体の再生、そして人間関係の修復が緊急な課題です」と書いてあります。
ここではまず「肉体の再生」から考えてみます。
世界の趨勢は西洋医学が主流になっていますが、医療の分野では、人間の体は「部品」として扱われます。つまり、人間をそのまま「人間」として見てはいないのです。人間を本当に人間として見ていたのは民間療法なのです。したがって、日本民間療法普及協会は「民間療法の発生原点に立ち、自分たちの生活の中で、もう一度やりませんか?」と提案しているのです。
健康の阻害と心の荒廃を解決するためには、私たちの暮らしの中で肉体的な部分を考えた民間療法を普及する以外にはありません。それも、医療に頼るのではなく、生活を見直すことから始めましょうと言っているのです。

○ 暮らしの中にある民間療法

民間療法は私たちの暮らしの中にあります。民間療法を実践する人なら、それを十分に意識してもらいたいものです。
たとえば「歩く」という行為一つをとっても、ただ歩けばいいというものではありません。どういう姿勢で歩いたらいいのかを考えることが大切です。歩く前に姿勢を決めて、それから歩き出す。エレベーターに乗ると、私は体を壁にくっつけて姿勢を真っ直ぐにします。道路で信号待ちの時には背中を電柱にくっつけて、背筋をまっすぐにして、お腹に力を入れるようにしています。これが民間療法です。民間療法は暮らしの中で実践できることばかりです。そしてこの協会は、治療を教えるところではありません。
それでは、具合が悪い人にはどのように対処すれば良いかというこのですが、まず最初にしなければならないのは「生活を変える」ことです。生活を変えれば治ります。生活を変えないから治らないのです。たとえば、食事を変える。いつも第一歩を右足から出す人は左足を先に出す。決して難しいことではありません。暮らしの中で変えていくことからもう一度始めませんか?と言っているのです。こうしたことは「治療」からは外れています。だから、日本民間療法普及協会に治療師はいらないと言っているのです。

○ 社会生活をしましょう

私たちは生活をしています。しかし、誰もが本当の意味での「生活」をしているわけではありません。本当の意味での生活、それは「社会生活」です。私たちは「社会生活をしましょうよ」という提案をしてきました。
社会生活に対して個人生活があります。生活は個人でもできますが、個人の力など高が知れています。だから、暗くなって、落ち込んでしまうのです。今日「いいな」と思っても、明日になると落ち込んでしまう。
社会生活というのは、何か社会に役に立つ生活を営むことで、これが本当の意味で昔から言っている民間療法なのです。
「民間療法と医療の比較」では、民間療法は家庭で行い、医療は病院で行うと書いてあります。家庭は社会生活の最小単位ですから、民間療法は社会生活をしているということになります。それに対して医療は個人の体が問題ですから、社会生活とは関係ありません。
農耕民族である日本人は昔から、お互いに助け合って生きてきました。自分ひとりで生活するのは大変ですが、お互いに助け合えば困難を乗り越えることができるのです。
それでは「社会」というのは何でしょうか?
それは、自分を含む環境すべてのことをいいます。
設立趣旨に「新たな社会」と書いてありますが、この「新たな社会」とは、昔から大事にしてきたのに、文明の進歩の中でいつしか失くしてしまった共存共栄の社会のことをいいます。お互いに労わり合い、助け合う社会。その中に、本当に良い生活があるのではないだろうか。
新たな社会というのは、基本的に「志のある」社会のことをいいます。志を持ってお互いに労わり合い、癒しあう社会。これはボランティア社会ではありません。ボランティア社会は、ただ一方的に奉仕するだけで、相互間の労わり合い、癒しあいが欠けています。私たちはボランティアをするつもりはありません。
大切なのは「相互に」ということです。相互に労わり合い、癒しあうためには志が必要なのです。明るい大和の志を持って、相互に癒しあい、助け合っていこうじゃないかというのが民間療法の考え方です。

医療と本能

傷ができたときは傷口をなめる。痛いところがあればそこをさする。体が冷えたときには温泉につかる。熱があれば水で冷やす。動物は自分の体を守るために、本能的にこうした行動をとります。これは人間にもそのまま当てはまることで、日常生活において普通に行っていることばかりです。
私たちが自分自身の体を守るために日常生活の中で普通に行っている本能的な防御行為は、実は医療行為そのものなのです。
こうした医療行為を個人の範疇から広げ、普遍性のあるものにしようということで始まったのが医学という学問です。そして、医学の前段階に位置づけられるのが「医術」という術なのです。
人類は常に「死」というものに対する不安や恐怖と闘ってきました。これは未知の世界に対する不安や恐怖と言い換えることもできるでしょう。
しかし未知の世界に対する不安や恐怖の前に、多くの人が直面する問題があります。それは、病気になったときの苦しみと、先行きに対する不安です。
原始時代以来、人類が病気に苦しんだときには、呪術的方法、食餌療法、外科的療法、薬物療法などの医療行為で対処してきました。
呪術的方法は精神面からのアプローチ、食餌療法と外科的療法は肉体面からのアプローチ、薬物療法は精神面と肉体面双方からアプローチした医療行為という形に分けることができます。

精神と肉体

暴風、大雨、大雪、雷、噴火、地震、日食、月食、流星…。原始人は天変地異を恐れ、命を守るために自然現象を敬ってきました。それと同じように、というよりも、それ以上に人類は病気を恐れたはずです。病気に対する不安や、病気で苦しむことに対する恐れは人間ならば誰もが自然に抱く感情であり、それは「死」に対する不安・恐怖につながるものだからです。
病気は、時により死に直結することもあります。重病で生死の淵をさまよい、生をながらえた人の中には、それまでとは全く違った人生を送る人がいます。生きているということはどういうことなのか。死ぬということはどういうことなのか。病床にあってそれを考えるうちに、人は答えを見つけ出します。それは、その人の死生観なのです。
自然界や病気に対する不安や恐怖から逃れるための方策として、人間は幻想的な世界を創造しました。幻想的な世界に住んでいるのは霊や魔という想像上の生き物たちです。霊や魔は、しばしば擬人的な生き物として扱われてきました。
このように、原始人は病気を精神的なものとしてとらえ、肉体的な病気と区別して考えてはいなかったようです。

「医」

イリョウ、イガク、イシを漢字に書くときには「医」という字を使っていますが、これは正式な字ではありません。「醫」または「毉」と書くのが正しいのです。
日本では漢字を読みやすくするために省略することが少なくありません。しかし、省略してしまうことにより本来その漢字が持っていた意味がわからなくなってしまうことも多々あります。
たとえば「毉」という文字には「巫」という字が含まれています。これは、本来「医」というものが呪術的医療の性格を持っていたことを表わしているのです。古代中国では呪術的行為を為す医者を「巫医(ふい)」と呼んでいて、「山海経」などに書かれている古い伝説では巫と医は一体としてとらえられていました。
ただし「周礼」には、医師、食医、病医、瘍医、獣医など専門化された医官がおり、巫祝(ふしゅく)―鬼神に仕え、神事をつかさどった人―とは区別されていました。
「医」という独立した職業が中国の記録に表れるのは、春秋時代中期以降、紀元前6世紀半ごろに、巫祝から分化されたと見られています。

服薬

呪術的医療の名残を示す言葉として「服薬」があります。病気や不幸をもたらす悪霊が体内に入り込むのを防ぐために、動物性、植物性、鉱物性の薬物を肌身につけたり衣服に縫い込んだりしたことから「薬を服に付ける―服薬」というのです。
悪霊は臭気の強いものや強烈な色彩のものを嫌うことから、臭気の強い薬物や強烈な色彩の薬物を身に付けたものです。
古代人は宝石や玉の類をアクセサリーとして身に付けていましたが、本来の目的は魔除けや病気を取り除くことだったのです。
また、薬物を身に付けるだけでなく、体内に摂取することで病気を予防し、体内に潜む悪霊を追い出そうという考えから始まったのが「内服」です。
「良薬口に苦くして病に利あり」(説苑)や「もし薬瞑眩せずんばその病疹えず」(書経)というのは、体内に棲みついた悪霊を、悪霊の嫌がる方法で追い出そうとする考え方が根本にあります。按摩術の起源も悪霊を体内から追い出すために患部を強く揉みあげる呪術的手法から発展したものといわれています。

宝貝

戦国時代あたりまでの中国で珍重され普及していた宝貝の首飾りは、その形が女性器に似ていることから、原始的な生殖器崇拝の一つとして繁殖・多産を象徴する呪術的な女性用の護符が装飾品化し、普及したものでした。
貝類の中で特にこの貝が珍重されたのは、形もさることながら、南海産で、中国大陸では入手困難なため、宝石や玉類と同じように貴重視されたものと思われます。
後々になり、この種の貝は貨幣としての価値が生まれ、物々交換の仲介をする働きを持つようになりますが、これが「貝貨」です。中国で経済に関する文字に「財」「貨」「買」など貝が付く字が多く見られるのは、こうした事情によるものです。
民俗学者の柳田国男氏は宝貝について次のような興味深い説を提示しています。
【わが国では宝貝は属全体の名前になっている。一般には「子安貝」と呼ばれているが、これは日本の海浜でも大小さまざまなものが、北は福島県の小名浜あたりまで獲ることができる。しかし、その中でも正真正銘の宝貝―モネタなどの種名を持つシプレア属の貝―の産地は極めて限定される。また、ミリオン属の貝も同様である。
この二種類の貝は色彩も優れ、特に珍重されるが、これらの貝は沖縄本島の南半分から宮古・八重山の先島二群島の周辺を取り巻くところのリーフが主要な産地である。
この沖縄付近の宝貝に注目して、大陸から宝貝を採りに渡ってきた種族がいたのではないか】。
この説が正しければ、呪術的薬物の一つであった宝貝が日本民族文化の起源につながることになります。真相は定かではありませんが、そういう意味では非常に興味深い問題提起といえるでしょう。

出雲神話の医療

大己貴神(オオナムチの神)―大国主命(オオクニヌシノミコトの別名)-と少彦名神(スクナヒコナの神)は、日本の医療の神様として知られています。「日本書紀」には、この両神が力を合わせて人民と動物のために病気を治す方法を定め、鳥獣や昆虫の災いを払うための呪い(マジナイ)の法を定めたと書かれ、その巫医的な性格をあげています。
オオナムチの神が登場する出雲神話には、鰐(ワニ)に丸裸にされた白兎がオオナムチの神が教えた蒲黄で元の姿に戻ったという、有名な因幡の白兎伝説があります。
また、オオナムチの神が焼石で火傷死したときに、キサガイ(赤貝)とウムキ(蛤)の汁で蘇生したという言い伝えがあります。
こうした伝説は、民間療法の由来を語った民族風の説話と受け取られています。前者では蒲黄が、後者では赤貝と蛤の汁が復活の決め手になっているため、一見すると薬物療法が効果を発揮したような感じがします。しかし研究者の中には、蒲黄を漢方薬の「ガマの黄色の花粉」と解釈することに疑問を投げ掛ける人もいます。また、赤貝や蛤が生産能力を示すシンボルとしてみれば、呪術的医療が行われていた可能性を捨て去ることはできません。

不老不死の薬・丹薬の盛行

平安遷都を行った桓武帝の子、嵯峨帝の代は「殊に漢土の風を愛し、礼楽(礼儀や音楽)文物医術みな唐制に倣い、唐医方再び熾となる」というように、中国医学がもてはやされた時代でした。
嵯峨帝の異母弟、淳和帝の代の827年に物部広泉が医博士と典薬允(てんやくいん)―朝廷や幕府で医薬をつかさどった人―となり、800年代半ばまで薬石の道を追求しています。広泉は老境に至っても鬚眉白く、皮膚は光沢を帯び、体力きわめて壮健なことから、不老長生の丹薬に通じていたのではないかといわれています。
広泉はわが国初の養生法専門書「撰養要訣」全20巻を著しましたが、散失して、その内容を知ることはできません。
淳和帝は丹薬を好み、淳和帝から位を譲り受けた仁明帝が淳和帝の勧めで丹薬を服用し、その効果が著しかったことが「続日本後記」に記されています。
「仁明帝は7歳のときに腹結の病を病み、8歳には下腹部の強痛と頭痛に悩んだ。元服して3年経って胸の病気となり、当初は少し心痛がある程度だったのが、やがて錐で刺すような痛みから刀で切り裂かれるような痛みとなった。帝は幼時から医術や不老の術を好んで多くの書を読み、宮廷の侍医たちも抗弁できぬほどの知識を持っていたので、七気丸や紫苑、生薑(しょうが)湯などを服用したが、はじめは効くように思えたが、続けているうちに一向に効かなくなってしまった。上皇が心配して言うのには『私も若いときに同じ病になって色々治療を試みたが一つも効果がなかった。そこで金液丹や白石英を服用しようと思ったが、多くの医師が危険だと反対した。しかしそれを押し切って服用したところ、全治することができた。仁明帝の病気の様子では普通の薬ではとても効かぬだろうから、金液丹を服用したほうが良いだろう。これを常識しか知らない医師どもに相談すればきっと反対されるだろうから、淡海海子を呼び出して詳しく相談し、その教えに従って服用しなさい』。こうして金液丹を服用したところ、見事に治癒した」。
これは、仁明帝自らが近侍の廷臣に語ったものといわれています。
生来虚弱であった仁明帝が18歳で即位して、43歳を超えるまで在位できたのは「善を修め仁を行い、服食補養の力か」と書かれていることから、丹薬の効果を自らが宣言されたものととることができます。
ただし、仁明帝の一件は特殊なケースだったようです。「続日本後記」にはこの話の続きが次のように書かれています。
「仁明帝は『世人が未だ私の病気と上皇の勅旨を知らないで、みだりに丹薬を服用したり、自分勝手な治療を行ったりすると必ず失敗するだろうから、その由来を記して、この謗り(そしり)を免れるようにしたい』と言われた」。
病気だからといって丹薬に飛びつくのは危険であり、当時の宮廷医はこのような仙家の丹薬は採用しないものであった。したがって、一般の人々に丹薬の服用を勧めることはできないということなのです。
にもかかわらず、丹薬はその後も上流階級に浸透していきます。
承平年中、源順が撰した「和名抄」には、「大唐延年経」から引用した多くの丹薬があげられています。金液丹については、玉液、不老不死、霊花、霊景、神化、弦塵などの別名をあげています。また、紅雪、紫雪、招魂、九微、四神、三景、太一三使、五霊、八石、金膏、玉粉、紫遊、玄黄、流珠、白雪などの諸丹がみられ、仁明帝が用いた七気丸の名も見られます。
天元5年(982年)に丹波康頼が撰した「医心方」にも、諸丹論、諸丹服法、服金陽
丹法、服金液丹法、服石鐘乳方、服紅雪方、服紫雪方、服五石凌方などの諸丹に関する記事があります。これは、平安期の藤原貴族が不老不死を夢見ていたことの現われといえるでしょう。
「医心方」に出てくる金液丹には万病を治す効力があり、その製法は大土真人九元子の秘法で、俗人の知るところではないとされています。
中国・宋代の「太平聖恵方」には、その金液丹の製法が載っています。磁石と硫黄を原料とし、磁石を童子の尿で煮詰め、液中にカスが出始めたら乾かして硫黄を混ぜ、ビンに入れて密封する。そして弱火で7日間温め、今度は強火で7日間熱した後に冷却する、というものです。
石鐘乳は文徳朝時代の「三代実録」に、典薬頭の出雲朝臣峯嗣を備中に遣わして求めたという記事が載っています。
鐘乳丸については「政事要略」に「服薬駐老験記」の一部が引用されています。それによれば、東京学士の大蔵善行が常に鐘乳丸を服用して、1日に1丸を欠かさずに飲んでいたためか、90歳になっても壮年時と変わるところがなく、耳目も正常、歩行も軽やかで健脚を誇ったそうです。屋敷内には多くの妻妾を抱え、房事も衰えず、87歳で男児を生ませています。延喜17年(917年)に皇太子保明親王に漢書を講義しましたが、毎朝の講義を1日も欠かさなかったため、廷臣はみな驚いてしまったといいます。
白石英については「千金要方」に、胃から腎にかけての治療に用いると書いてあります。冷え、気力減退、脱力感、喉の渇き、不眠など万病を治す漢方として紹介されています。
平安時代に一大ブームとなった丹薬も、藤原貴族の没落とともに衰退の道をたどっていきます。中国において異端とされていた丹薬が、日本で主流になるはずがなかったのです。しかし、人が不老長生を願う限り、それは姿を変えて消長を繰り返します。
現存する最古の医書「医心方」
「医心方」は平安時代の天元5年(982年)に、時の典薬寮医・鍼博士であった丹波康頼が、隋や唐の医書、方術書など百数十巻を読み漁り、著したもので、永観2年(984年)円融上皇に献上したものです。
以来、「医心方」は戦国時代に正親町天皇の典薬頭・半井瑞策に下賜されるまで宮中に秘蔵されてきた、現存最古の医書として知られています。
丹波康頼は漢の霊帝の子孫とも、半島系の阿留王の4代目ともいわれる渡来人系の子孫で、丹波家は代々、和気家とともに典薬頭を世襲した医家の名門です。
「医心方」は、全30巻よりなっています。
第1巻=総論、治療方針、薬物調製の注意と薬名漢和対象語集。
第2巻=鍼灸。
第3巻~14巻=内科疾患(風病諸証、毛髪と頭面部疾患、耳目口歯と咽喉諸病、胸腹部内臓病、陰部疾患と虫病、四肢諸病、呼吸器病と胃病、腫瘍と肝疾患、下痢、大小便、結核性疾患、急性病と熱病)。
第15巻~18巻=外科的疾患。
第19巻~20巻=薬物製煉・製剤法・石薬。
第21巻=婦人科疾患。
第22巻~24巻=産科疾患。
第25巻=小児科疾患。
第26巻~27巻=養生法。
第28巻=房内。
第29巻~30巻=食養法。
全30巻の内容からもわかるように「医心方」は隋、唐にいたるまでの中国医学の集大成になっています。
残念なことに、引用された医書類の大半は散失してしまいましたが、この本を元に復元された医学書が数冊残されています。
平安末期に丹波康頼の曽孫にあたる丹波雅忠が救急医療のために撰した「医略抄」という書物がありますが、この本は当時の医療の実際を知ることができる点で非常に重要な本といえます。
「医略抄」の内容は、漢方として経験的方剤を集めており、後世のいわゆる漢方医学にみられるような病気の容態や兆候から判断して行う漢方治療ではなく、むしろ民間療法的漢方の類である点が注目されます。
傾向としては、湯薬(煎じ薬)の服用はむしろ少なく、植物の生汁の塗布や内服が多く、隋・唐にその内容を整えた中国の系統的薬物療法を伝えながら、実際にはきわめて卑近な経験療法的なものが一般的であって、一般庶民の医療は依然として禁厭(マジナイ)・祈祷以下はきわめて素朴な民間療法であったとみられます(高橋真太郎氏による)。
鎌倉時代には、わが国最古の産婦人科の専門書「産生類聚抄」が出ています。これは「医心方」の中から出産・小児法・婦人諸病の諸説を引き、これに仏教経典の説を加えたものです。
鎌倉時代は宋医学が流行しましたが、その中で「医心方」がこのように利用されていたのをみても、依然として宮廷医家の間でこの書が絶対的権威を持っていたことが伺えます。
現に、鎌倉時代には「医心方」がしばしば宮廷医家などの手によって書写されています。
鎌倉時代に書写された「医心方」で有名なのは、国宝・仁和寺の本です。現在は1・5・7・9・10巻の5帖しか残されていませんが、江戸時代には20巻ほどが残っていて、これ以前の写本とされる「宇治本」「相国寺本」が記録され、それ以外にも個人の蔵書目録にもみえることから、鎌倉時代までに識者の間でかなり普及していたと考えられます。

気石整体とは(Roxtherapy)


若さと美容は、人類が長い年月をかけて求め続けてきた永遠のテーマといえるでしょう。
その背景には「外見と内面は一体」だという考え方があります。昔は、心の醜さや穢れたものを嫌う風習があったのではないでしょうか。したがって「肉体の美しさは即、心の美しさ。肉体の醜さは即、心の醜さである」という共通意識が定着したものと思われます。
しかしながらその様相も、時代とともに少しずつ変化してきたようです。現代人は多かれ少なかれ精神的なストレスを感じています。そうした人たちが美容に求めているものは、精神的なストレスを解消することにより自己満足を得、自信を回復することなのです。こうした形でお金を使えるのは、経済的にゆとりのある証拠といえます。
また、医学が進み、整形美容や整形手術が日常茶飯で行われるまでに美容法は変化してきました。しかし反面では「自然美」という本当の美が損なわれる環境や状況が日々、私たちの身体を脅かしているのも事実なのです。自然美を損ねている原因は、古来より現代の方がはるかに多くなっています。
美容とは、単に顔面の美しさにこだわることではありません。容姿の一部を指すものでもありません。あくまでも体形の美を重んじる健康美のことを言うのです。
美容と健康は別次元の話ではなく、二者は同一なのです。健康は美容の内面的素因であり、きれいな容貌は健康の外在的現われなのです。つまり身体が健康であってこそ、美しい容姿になるわけです。もしも身体が病気のときや心身的ストレスにより元気がないときは、いくらきれいな顔をしていても、人目を引くことはないでしょう。それは、その人から本当の美―自然美―がなくなってしまっているからです。
気石美容整体は、体表(皮膚)を美化する目的だけでなく、経絡や血液の流れを変え、筋肉を有力にし、骨格や内臓機能を整え、身体の自然美、健康美を促進します。


2017.5.21
ノイロ測定をした後に再度

いくつかの動態テストにて確認することで施術の手順を決める。
ノイロ測定をしないときでも同じ結果にならなければならない






Roxtherapyの基本原点は何千年前に起こった民間療法の原点に立ち身体の不調の解消方法を新たに模索することに発端をなす。
経絡や経穴が先にあったのではない。南北東西の気・天地の気の中で生き物としての人間の体調不良を解消する方法を編み出す必要性があったのであろう。その時々の国家事業であったはずだが、権力者によってさまざまに書き加え変更されてきたことも多い。
原点に立ちまずは正しい人体の解剖及び自然の生命活動を理解し、次にその変化を感じ取る方法を理解することが出来、変化に対応した調整方法を模索することで、近代医科学的を持ってしてでも解決出来ない生命の不思議さに気づき新たな方法が生まれるのである。
それから得られた体験を体系づけた一つが、現在まで至っている鍼灸経絡療法である。
Roxtherapyは、病理的見解ではなく、ただ生き物としコリや痛みの無い状態が保ち、つつがなく日常生活が遅れることを最大目的とし考案してたものである。
それには条件がいくつかあった。

1、簡便であること
  テストの簡単さ、調整の手軽さ、わざわざそのための準備が要らないこと
2、誰でも簡単にできること
  一人でも大勢でもすぐにできること
3、どんな状況においてもできること
  生活内のどんな時でもできる、例え病に臥せっていても、応急的にも、施設内でも
  人間の苦痛を今解消することができること
4、年齢性別を問わずできること
  現代において自覚するもしないも関係なく、万人が病んでいる特定の人々にのみ
  できることではなく万人ができること

まだまだ条件がありそうだが当初考えた課題である。
せめてこの課題だけでも解決したのなら「一家に一人の療法師」は可能だろう。



2017.05.18
医療であれ民間療法であれ何を目的とし進歩してきたのか、その歴史上初めから現代の医療や民間療法があったわけではない。どの時代にもそこのあるのは病んでいる人であり病気ではない、人の身体的辛さを解消するための術が必要だったのである。
その原点に立って考えると、第一に痛みやコリのある部位とその障害の度合いを知ることである、次にその原因を見つけ(診断)対症療法的応急手当を施し、最後に温存療法を行う、
このことを考えるとRoxtherapyは人類が心身の不調を訴えた時代にさかのぼり治療の原点を行っているといってもいいのでわないだろうか。
そこにある辛さに悩む身体がある、ただその身体がなぜ痛いのか、なんでこるのか、そしてどこで治るのか悩み続けてきた民間療法の原点的治療体系である。
Roxtherapyは、一口に言うと「気の循環調整」を行い身体を健全にする方法である。
気の循環不良は何らかの病が体内に内在していることを示唆しているものである。

正しい気の循環は右股関節筋⇒左股関節筋⇒右肩関節筋⇒左肩関節筋で一回し、一日に3回転している。
・は左回転、陰は右回転で合わさると無限大になる。
・いづれかの経絡に支障をきたすと関連筋運動に異常が現れる。
・3対一のゆるみは気質のみに対しての施術で解決する。
・3体一のコリは右回りで解決し気質でクロステストがOKになればいい
・3対一のスタートから右回りは、こっていることを示して、
 おりいづれかの経絡に気の滞りがある
・3対一のスタートから左回りは身体のいづれかに気の不足しているところがあり
 痛みの症状か自覚としてある場合がある。


2017.5.18
経絡循環チャート

2017.5.16

Roxnspro 良導絡対応チャート仮制作


Roxtherapyのヒーリングベルトと
バランスベルトの組み合わせ

生活内コリと痛みのケアー

陽/陰・・・臀部にヒーリングベルト
陽/陽・・・腹部にヒーリングベルト
陰/陰・・・足首内側にバランスベルト
陰/陽・・・足首外側にバランスベルト

手首及足首にジェルを塗布したのちに
装着するといいかも

九曜とRoxtherapy



*鬼門と裏鬼門が反対になっている